一年のあゆみ_2024年度
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【図2】 分光法を用いて明らかになったロドプシンの構造変化(a) 桿体視物質ロドプシンの分光研究から明らかになったこと。 (b) ロドプシンの水和フィルム試料に対する赤外差スペクトル分光法。(c) 赤外分光により明らかになったロドプシンの内部結合水の水素結合。 (d) 霊長類色覚視物質の構造研究。2. 分光学的手法を用いたロドプシンのメカニズム研究 私は何か根源的なことを研究したいと考えて、1979年、京大理学部に入学し、物理学教室で固体のレーザー分光を学ぶ中、生物系の生物物理学教室に京大唯一のピコ秒レーザーがあり、視覚の研究を行っているということを知った。 そこで大学院から吉澤透先生の研究室に進学し、視覚の初期過程の研究を行うことにした。 そして、レチナールの11-cis型を固定したアナログ試料の系統的なピコ秒レーザー実験から、目の中で起こる最初の光化学反応はレチナール分子の11-cis型からall-trans型への異性化反応であることを実験的に明らかにして学位を取得した(図2a)[3]。 超高速異性化反応により我々の視覚の高い光感度がもたらされているわけだが、私は巧妙な反応制御を行うタンパク質という反応場の信号を直接得たいと考え、1993年、京大で助手となった折りに赤外分光法を用いた解析を開始した。 赤外信号は環境にきわめて鋭敏であるが、タンパク質の溶媒である水分子の吸収が大きいことから、我々が研究を開始した当時、タンパク質研究にほとんど使われていなかった。 我々は超高速分光のときと同様、試料と測定系を最適化することにより、機能を保ったまま試料中の水の含量を軽減させることで高精度の差スペクトルを測定することに成功した(図2b)。 水の吸収のため不可能とされた赤外の測定を実現した結果、タンパク質に結合した1個の水分子まで観測することが可能になったのである[4]。 2001年、名工大で研究室を持つ頃には内部結合水をモニターするすべての振動数領域での計測を実現し、バクテリオロドプシンには水素結合が異常に強い水分子が存在することを見出した。 さらに変異体を用いた解析によりそれらが活性中心に結合した水であることがわかった。 タンパク質に結合した水分子が機能的に重要であることは多くの研究者が想像していたが、それを実験的に調べる手法が見出されたことにより、様々なロドプシン試料が世界中から集まるようになり、その結果として、以下に示す新規ロドプシンの発見につながるような国際共同研究が実現したのである。 ロドプシンの網羅的な赤外分光解析により、プロトンポンプ活性をもつロドプシンには、必ず強い水素結合を形成した水分子が見出され(図2c)、水分子を介した水素結合ネットワークがポンプ機能を決定していることが明らかになった[4]。 私たちは名工大において、動物ロドプシンである色覚視物質の構造研究も開始した。 明暗を感じる桿体の視物質ロドプシンはウシやイカから大量の試料が調製できるためX線結晶構造が得られメカニズムの理解も深まっているが、錐体に存在する色覚視物質の構造解析は試料調製が困難であることからX線結晶構造やNMRといった通常の構造解析手法が適用できず、構造研究は皆無であった。 さらに微生物ロドプシンと違って光反応がサイクルを示さず退色してしまうため(図1b)、試料調製から測定までのすべての操作を暗室で行う必要がある。 我々は赤外分光法を用いて初めて霊長類の色覚視物質の構造解析に成功したが(図2d)、色覚視物質の構造研究は現在も世界でオンリーワンの研究である[5]。41

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