(図4c)を見ても明らかなのは、いかに感度の高いツールを光遺伝学的視覚再生に活用するかである。 チャネルロドプシンの光感度を決定するのは光反応の効率とチャネルが開いている時間であり、効率がよく長く開くチャネルほど感度がよくなる。 チャネルロドプシンの光感度は、EC50と呼ばれる最大電流の半分の値を示す光強度の値で評価される。 私たちが電気生理学的手法を用いて新規チャネルロドプシンGtCCR4のEC50を測定したところ、きわめて低い値が得られ、GtCCR4の高い光感度が明らかになった(図5左)[24]。 その結果、2020年から3年間の予定で第一三共製薬株式会社、三菱UFJキャピタル、名古屋工業大学から成るベンチャー企業OiDE OptoEyeが設立され(OiDEはOpen innovation for the Development of Emerging technologiesの略)、2023年には当初の目的を達成し、現在は第一三共が自社のプロジェクトとして開発を続けている。 GtCCR4の光感度は標準ツールであるChR2の30倍、GtCCR2の50倍にもなるが(図5左)、なぜチャネルロドプシンの中で最高レベルなのだろうか? 我々は最近、GtCCR4とGtCCR2の構造機能相関に関する詳細な解析を行ったところ、光感度を決定する2つの要因に加えて「回復時間」という新しい要因を明らかにすることができた[25]。 実験においてGtCCR4とGtCCR2の光反応効率は同じであった。 チャネルの開時間はGtCCR4が5倍ほど長かったが、それだけでは光感度の違いを説明できない。 ロドプシンは様々な中間状態を経由する複雑な構造変化によりチャネル機能が制御されるが、チャネルが閉じた後、ロドプシンが完全に元の状態に戻るまでの時間(回復時間)はGtCCR4にはほとんどないことがわかった。 回復時間がないと、すぐに次の光反応を始められるため感度が高くなるものと考えられる(図5左)。 光遺伝学的視覚再生の医療応用は特に米国で先行しているが、チャネルロドプシンとしての性能を考えた場合、GtCCR4には大きな期待がある。 さらにOiDE OptoEyeの期間を通してGtCCR4変異体などのツール開発も進められたため、国際競争力の高いツールとなった。 チャネルロドプシンのイオン電流により双極細胞や神経節細胞を活性化しようとするこれまでの手法とは全く異なる発想に立った光遺伝学的視覚再生のツールがキメラロドプシンである(図5右)。 このタンパク質は、前述の通り、何かに役立てようと考えて始めた研究ではなく、動物と微生物ロドプシンの構造変化に共通性はあるのか、という視点から行ったものである。 2つの論文を発表した直後の2015年、慶応大医眼科教室から視覚再生応用のためのツールの可能性を問われる中でキメラロドプシンを紹介したところ、事態は急展開した。 慶応大のグループは2016年にベンチャー企業レストアビジョンを立ち上げ、慶応大4名と私による「視覚機能再生剤又は視覚機能低下予防剤」の特許を2017年に出願、2024年に登録、これまでに18億円を超える資金調達を実現して、早期治験に向けて進めている。【図4】 光遺伝学的視覚再生と現状での問題点(a) 光遺伝学は陽イオンチャネルロドプシンとクロライドポンプから始まった。(b) ヒトの目の構造。網膜色素変性患者は視細胞が失われるために失明するが、ロドプシンの遺伝子治療により視覚を取り戻すのが光遺伝学的視覚再生である。(c) 光感度。ヒトの目の感度は幅広いが、チャネルロドプシン(ChR2)による光遺伝学的視覚再生では室内照明のもとで働かない。(d) 視細胞における活性化のメカニズム。(e) 双極細胞や神経節細胞に導入したチャネルロドプシンによる活性化のメカニズム。光遺伝学的視覚再生の基盤ツールとなるロドプシンの開発研究5. 神取研発ツールが持つ可能性44
元のページ ../index.html#46