一年のあゆみ_2024年度
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 シナプスは発達期に形成されるだけでなく、新しい環境や学習に伴う神経活動の変化に応じて、生涯を通じて改変される。 このような構造的な可塑性を支える分子群はシナプス形成分子と呼ばれる。 過去20年以上にわたり、数10種類のシナプス形成分子が同定されてきた。 これらの分子は大きく分けて神経細胞同士を直接結合させる細胞接着分子(例:Neurexin、Neuroligin)と、神経細胞やグリア細胞から分泌され拡散する分泌性因子(例:Wnt、FGF)に分類される(図5)[4,5]。 しかし、これらの分子をコードする遺伝子をノックアウトしても、中枢神経系でのシナプスはほとんど失われないことが判明しており、in vivoでのシナプス形成の仕組みには未解明な点が多く残されていた。 私たちは、小脳で多く発現することが約20年前から知られていた分子「Cerebellin 1(Cbln1)」[6]に着目し、Cbln1が強力なシナプス形成分子であることを発見した[7]。 Cbln1は、従来の拡散性シナプス形成分子とは異なり、小脳顆粒細胞の軸索から分泌されるが、あまり拡散されずにシナプス間□にとどまってシナプスの足場を提供する役割を持つ。 一方、δ2型グルタミン酸受容体(GluD2)も小脳プルキンエ細胞に高発現し、GluD2ノックアウトマウスでは平行線維―プルキンエ細胞シナプスが激減することが約20年前から分っていたが[8]、GluD2がどのように機能するのかは□であった。 私たちは顆粒細胞が分泌するCbln1が、顆粒細胞に発現するNeurexinと、プルキンエ細胞に発現するGluD2とに同時に結合し、シナプスを越えて三者複合体を形成することによってシナプス形成・維持を制御することを初めて明らかにした(図6)[9‒11]。 Cbln1タンパク質を成熟マウスの小脳に一度注入するだけで、わずか2日後には多数の新しいシナプスが形成される[12,13]。 また、神経活動に応じてCbln1は顆粒細胞から分泌されるが[14]、活動が長期間にわたり亢進すると逆に遺伝子発現が抑制される[15]。 この仕組みは慢性てんかんのように神経活動が過剰な状態が続く場合に特に顕著であり、Cbln1の発現低下が社会性を制御する神経回路の一つである腹側被蓋野―側坐核シナプスのシナプス減少を引き起こし、自閉症様 症 状 の 発 症 につ な がることが 報 告されている[16]。 このように、Cbln1は神経活動に応じて、シナプス形成や維持を成熟後においても強力に制御するという点でこれまでのシナプス形成分子にはみられない特徴をもつ。 Cbln1は、自然免疫系において異物の認識や排除に関与する補体C1qと似た構造を持つ。 同様の構造を持つ分子群はC1qファミリーと呼ばれ、ヒトでは少なくとも32種類の遺伝子がこれに属する(図7)。 このうち31種類の分子はさまざまな細胞から分泌され、免疫、炎症、代謝など多様な機能を制御する。 たとえば、脂肪細胞から分泌され糖代謝を調節するアディポネクチンもC1qファミリーに属する[17]。 神経系では、Cbln1と進化的に近縁なCbln2やCbln4が、海馬、大脳皮質、脊髄などの神経回路におけるシナプス形成を特異的に制御することが明らかになっている。3. 第三のシナプス形成分子:細胞外足場タンパク質の発見50 【図5】 第三のシナプス形成分子:細胞外足場タンパク質【図6】 Nrx-Cbln-GluD2三者複合体によるシナプス形成【図7】 シナプスを制御するC1qファミリー分子群新しいシナプス接着機構の解明と神経機能操作法の開発

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