一年のあゆみ_2024年度
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たとえば、Cbln4は大脳皮質でGABA受容体を介した抑制性シナプスの形成を制御するとともに[18,19]、海馬では抑制性シナプスにおけるLTPを調節する[20]。 一方、Cbln2は海馬台でシナプスの成熟を制御するだけでなく[21]、ヒトで大きく進化した前頭前野の樹状突起の棘形成にも関与していることが示されている[22]。 また、C1qファミリーのうちC1q-like(C1ql)サブファミリーに属するC1ql1、C1ql2、C1ql3も、小脳[23]、前頭前野[24]、嗅球[25]、海馬[26]など、さまざまな神経回路でのシナプス形成を制御することが分かった(図8)。 興味深い点として、Cblnサブファミリーはシナプス後部でδ型グルタミン酸受容体に結合するのに対し、C1qlサブファミリーはカイニン酸型グルタミン酸受容体に結合する[26]。 このことから、グルタミン酸受容体はシナプスでイオンチャネルとして情報伝達に関与するだけでなく、シナプスそのものの形成にも重要な役割を果たすことが明らかになった。 この発見は、イオンチャネルと考えられてきた分子がチャネル機能に依存しない「非イオンチャネル機能」を有するという概念として発展している。 さらに、C1ql2やC1ql3は海馬において、側頭葉てんかんの慢性化に関与することが分った[26]。 加えて、C1qは正常な発達期に余分なシナプスを刈り込む役割を担うほか[27]、アルツハイマー病[28]や統合失調症[29]などの病態時にシナプス障害を引き起こす分子として注目されている。 C1qファミリーのほかにも、Neuronal pentraxin(NP1、NP2、NPR)やLGI1といった分子が存在し、これらは分泌されて細胞外で足場として機能し、シナプス形成を制御する役割を持つ[5]。 これらの知見を統 合し、私たちはこれらの 分 子 群を「 細 胞 外 足 場タン パク質( E S P: Extracellular Scaffold Protein)」と呼ぶ新しい概念を提唱した[5]。 この概念は、シナプス形成や維持の仕組みをより包括的に理解するための新たな視点を提供するものである。 Cbln1は強力な興奮性シナプス形成能をもつが、その受容体であるGluD2は小脳以外の脳部位には余り発現しない。 そこで私たちはもっと多くの神経回路においてCbln1のように強力に興奮性シナプスを形成することができる人工シナプスコネクターの開発を目指した。 細胞外足場タンパク質である神経ペントラキシン(NP1)は、全ての興奮性シナプスに存在するAMPA受容体の細胞外ドメインに結合する。 しかしNP1はCbln1とは違い、in vivoではシナプス前部を繋ぎ止めることができない。そこで私たちはCbln1とNP1の結晶構造を解き、Cbln1のNrxに結合するドメインと、NP1のAMPA受容体に結合するドメイン(PTX)をつなぎ合わせた人工シナプスコネクターCPTXを開発した(図9)[30]。 CPTXは期待通り、シナプス前部のNrxとシナプス後部のAMPA受容体に同時に結合することによって、多くの神経回路において興奮性シナプス形成を誘導することができた。 さらにCPTXタンパク質を小脳失調・アルツハイマー病・脊髄損傷のモデルマウスの小脳・海馬・脊髄にそれぞれ注入すると、急速にシナプスが形成されるとともに、それぞれの病態が著しく改善されることを見出した。 このようにシナプス形成分子から精神神経疾患の治療方法の創出に繋がるという新しい戦略の有用性が示された(図10)。4. 人工シナプスコネクターの開発とその応用51 【図8】 シナプス形成分子CblnとC1qlが制御する神経回路【図9】 人工シナプスコネクターCPTXの開発【図10】 人工シナプスコネクターによる    シナプス病の病態解明と治療戦略

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