一年のあゆみ_2024年度
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 小脳は、その神経回路が比較的単純であり、個体レベルでの行動との関係が最も明確に理解できる脳部位である。 また、我が国では、LTD研究で知られる伊藤正男先生、IP3受容体を発見された御子柴克彦先生、脊髄小脳変性症の研究で著明な□省次先生など、小脳研究において国際的にも高い評価を受けてきた伝統がある。 このような背景を活かして、私たちはLTPやLTDといった機能的なシナプス可塑性や、シナプス形成に関連する形態的なシナプス可塑性のメカニズムを小脳をモデルとして研究してきた。 当初、小脳で得られた知見の多くは小脳特有の現象と考えられていた。 たとえば1993年にSeeburgや三品らによるホモロジースクリーニングで同定されたGluD2は、グルタミン酸受容体に分類されながらもグルタミン酸に結合しない「孤児受容体」として□に包まれていた。 小脳シナプスにおけるLTDにはGluD2が必須である一方、他の脳部位ではGluD2はほとんど発現していない。 しかし、GluD2を介したLTD制御機構を解明する過程で、AMPA受容体が神経活動によってエンドサイトーシスされる仕組みが明らかとなり、このメカニズムは小脳以外の神経回路にも適用できる一般的な知見へと広がった。 さらに、これらの研究はLTDやLTPを制御する新しい光遺伝学ツールの開発にも繋がり、現在ではこれらのツールを用いて、小脳以外の神経回路におけるLTDやLTPと個体レベルでの記憶・学習との因果関係を解明する試みが進められている。 一方で、1984年に小脳で多く発現する分泌性分子として発見されたCbln1も、その機能が長らく□に包まれていた。 補体ファミリーに属するCbln1と、グルタミン酸受容体ファミリーに属するGluD2がシナプス形成分子として共同して働くという発見は、当初誰も予想していなかった。 しかし、その後の研究により、GluD2のみならず、AMPA受容体やカイニン酸受容体といったグルタミン酸受容体の細胞外ドメインにも細胞外足場タンパク質が結合し、シナプス形成や機能を制御することが分ってきた。 また、補体ファミリーに属する他の分子群も、海馬や大脳皮質などでシナプス形成や機能を制御していることが明らかとなり、これらの知見を活かして人工シナプスコネクターの開発が進められている。 まだ多くの課題が残されているものの、引き続き小脳をモデルとしてシナプス可塑性のメカニズムを解明していくとともに、得られた知見を他の脳部位のみでなく、末梢神経系や自律神経系シナプス理解へと応用したい。 また、これらの研究成果が新しいシナプス創薬の開発につながることを目指して、今後も研究を続けていく所存である。5. おわりに52新しいシナプス接着機構の解明と神経機能操作法の開発

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