あれほど研究を楽しみ、様々な人と関わり、多くのことを学んだ半年間はなかったと思える、宝物のような時間でした。2024年に入ってからは、Hans先生をはじめ、チームメンバーが次々と日本に遊びに来てくれており、WFSRの皆様との繋がりは、日本での研究生活の大きな支えにもなっています。ちょうど、コロナ禍の時期であり、フランスでの2度目と3度目のロックダウンの隙間をすり抜ける形で入国しました。世界的な異常事態の最中の留学開始は災難の連続でした。思い返せば、今回の留学に至るまでには、多くの困難がありました。当所はオランダのGroningen大学への留学を予定していましたが、新型コロナウイルスのパンデミックにより二度延期となり、その間に私の所属組織が変更となり、さらに、研究指導者を引き受けてくださっていたGroningen大学のBob先生がお亡くなりになり、一旦は留学が白紙になりました。紆余曲折の後、新たな受け入れ先が見つかり、Hans先生という素晴らしい先生のもとで海外留学を実現できたことは、何よりの幸運だったと感じています。本留学を実現できたのは、度重なる変更があったにも関わらず、変わらずサポートを継続してくださった上原記念生命科学財団のおかげです。貴重な留学の機会をいただき、本当にありがとうございました。留学を通して学んだこと、感じたことをこれからの研究生活・研究者人生に活かし、日本のScienceに貢献できるよう、今後も精一杯努力していきたいと思います。まず、渡航後に借りたかった寮の返答と登録作業がコロナの影響で遅れ、渡航前に部屋を確保することが出来ず、自分でマンションを探すことになりました。渡航2日目にアパートで契約開始手続きを行い、相場より高い家賃で、狭いアパートを借りました。すぐに3度目のロックダウンが始まると、街はスーパーしか空いておらず、現在と比べると信じられないほど静まり返っていました。スーパーも17時には閉まってしまうので、平日の仕事終わりに食材を買うことが出来ません。週末にまとめて、日持ちの良いものを1週間分買いだめ、過ごしました。コロナ対策の研究所の規則で、週に数日しか研究室に行けず、プロジェクトのセットアップ、それ以前に研究室に慣れるのにも時間を要しました。自宅でPCを繋いでのオンライン研究ミーティングは、当時英語のヒアリング能力が低かったことに加え、運悪く始まった隣の施設での工事の騒音でほとんど聞き取れませんでした。工事の粉塵が立て付けの悪い窓Hans先生との出会い研究指導者を引き受けてくださったHans Mol先生は、食品中の残留農薬分析やマイコトキシン類の分析のプロフェッショナルで、EUの食品安全分野において5本の指に入る著名な先生です。Hans先生はお忙しい中、実験室や居室を頻繁に訪れてコミュニケーションをとってくださり、日本では情報を得難いEUの食品分析の現状やその背景について、多くのお話をしてくださいました。また、実験結果に対してのディスカッションでは、膨大な知識・経験に基づく鋭い視点と、恐ろしいほどの頭の回転の速さでデータを考察する先生のお姿を拝見し、欧米の第一線で活躍される先生はここまで規格外なのかと驚愕しました。何よりも、いつも朗らかで明るいお人柄でチームメンバーを励まし、なおかつその規格外の能力で数多くのプロジェクトを推し進めるHans先生を拝見し、Hans先生のような研究者になりたいと強く思うようになりました。そんなHans先生が、ディスカッションなどを通じて少しずつ私のことを信頼してくださるようになり、最終的に多くのお仕事を任せてくださったことは、自分の中でささやかな自信になったと感じています。おわりに帰国して早半年が経過しましたが、今思い返しても、私は現在、フランスのパリにあるパスツール研究所でポスドクをしています。京都大学のウイルス再生医科学研究所で、骨発生に関しての論文で博士号を所得した後、筋・腱・骨からなる運動器の発生と生後の組織の維持に興味を持ちました。そこで、筋ジストロフィーなどの筋疾患に対し耐性を持つ、外眼筋の特性を、他の筋肉と比較することにより解明するという、筋肉の多様性をテーマにした独自の着眼点を持つ、Shahragim Tajbakhsh教授のラボでプロジェクトに携わる事を決め、渡航しました。私のフランス留学は、2020年9月に始まりました。103栗木 麻央Institut Pasteur(京都大学ウイルス再生医科学研究所)それでも留学のすすめ
元のページ ../index.html#103