58細菌叢、特にFusobacterium nucleatumにより誘導されるサイトカイン(IL-12とTGF-β)が重要であることを解明し、腸内細菌叢ががん微小環境の免疫環境を調節している、と言う概念の構築に貢献した8)。Treg細胞によりCD8陽性T細胞をはじめとするエフェクター細胞が抑制されることは明らかになっていたが、抑制された側のエフェクター細胞がその後どの様な転機をたどるかは不明であった。Treg細胞により抑制されたエフェクター細胞を検討するには、Treg細胞が多数存在するがん患者検体を用いて解析することが適切であると考え、がん細胞で高発現している自己抗原特異的CD8陽性T細胞に対するTreg細胞による抑制機構を検討した。Treg細胞は抗原提示細胞の共刺激シグナルを制御することで、自己抗原特異的CD8陽性T細胞をナイーブフェノタイプと免疫抑制分子をともに発現する特徴的なフェノタイプ(CCR7陽性CTLA-4陽性)を有する免疫不応答(アネルギー)状態に陥れることを明らかにした。Treg細胞により抑制された自己抗原特異的CD8陽性T細胞がCCR7陽性CTLA-4陽性フェノタイプを持っていたことから、抗CTAL-4抗体により再活性化可能かを試みたが、免疫不応答状態に陥った自己抗原特異的CD8陽性T細胞は再活性化せず、安定的な免疫不応答(アネルギー)状態に陥っていることが示された。がん細胞に高発現している自己抗原に焦点を当てることで世界で初めてヒトで免疫不応答(アネルギー)状態に陥っている自己抗原特異的CD8陽性T細胞のフェノタイプを解明することに成功した9)。がん微小環境における免疫抑制機構の重要性が明らかになり、PD-1などの免疫チェックポイント分子に対する阻害抗体の臨床的有用性が示されたが、治療効果は依然として20-30%程度で大きな個人差がある。これは、発がん過程での免疫系によるがん細胞の選択と免疫抑制機構の取り込みによる免疫逃避の関与の度合いが患者毎に異なり、それによって生じるがん微小環境の相違が治療効果の個人差をもたらしていると考えられている。しかし、これまでがん微小環境の解析は、もっぱら病理組織検査に依存してきたため、免疫細胞の活性化による細胞機能、分子発現の変化などの詳細な定量や分子間の相互作用などの基本的な解析すら不可能であった。そのためPD-1阻害剤のバイオマーカーとして、がん細胞のPD-L1発現や体細胞変異の総数(Tumor mutation burden[TMB];変異遺伝子に由来するタンパク質の一部ががん抗原になると予想される)が学術的根拠が脆弱なまま簡易的に用いられている。そこで、生検組織などの微量のサンプルから生きたまま免疫細胞を抽出して保存・測定する手法を開発し、これまで不可能と考えられてきたがん組織の保存、保存された組織からの細胞抽出を可能にし、網羅的免疫解析とゲノム解析を融合した統合解析を可能にした(免疫ゲノム解析)10)。PD-1/PD-L1阻害剤治療を受けた悪性黒色腫、非小細胞肺がん、胃がん患者の治療前のがん組織標本を用いてがん微小環境の免疫ゲノム解析を実施し、114種類の免疫細胞の存在頻度、存在数、タンパク発現量を解析して人工知能(AI)による深層学習により治療効果に関連する因子を検討した。これにより、治療奏効例でCD8陽性T細胞上のPD-1発現が高くTreg細胞上のPD-1発現が低いこと、反対に治療不応例ではCD8陽性T細胞上のPD-1発現が低くTreg細胞上のPD-1発現は高いことを見出した。これは、がん微小環境に存在するPD-1発現CD8陽性T細胞の多くが、がん細胞の遺伝子変異に由来するがん抗原(neoantigen)から強い抗原刺激を受けたCD8陽性T細胞であるため、PD-1/PD-L1阻害剤によりがん抗原特異的CD8陽性T細胞が効率良く活性化されているためであることを明らかにした。一方、Treg細胞上に発現しているPD-1もエフェクターT細胞の場合と同様に機能低下に関与しており、PD-1シグナルを阻害することで機能が再活性化(免疫抑制機能の増強)することを発見し、PD-1のがん微小環境での生物学的意義を解明した。さらにAIによる機械学習を進め、がん微小環境のCD8陽性T細胞とTreg細胞のPD-1発現の陽性比が最も精度高くPD-1/PD-L1阻害剤治療の効果を予測するバイオマーカーとなることを見出した11)。本バイオマーカーは現在国立がん研究センターにおいて臨床治験が実施され、その有効性が検討されている(図2)。3.Treg細胞による末梢性免疫寛容機構の解明4.がん微小環境の免疫ゲノム解析による免疫チェックポイント阻害剤治療のバイオマーカー同定
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