一年のあゆみ2023
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私は博士課程修了直後の2023年4月から翌年3月まで、ドイツのゲッティンゲン大学で、脱炭酸酵素の反応機構を研究しました。本稿ではその経緯と近況をご報告いたします。私は学生時代に、tRNA修飾酵素の反応機構解析に取り組みました。しかし、目的の酵素-tRNA複合体の結晶構造を決定できず、専門性の不足を痛感していました。また、せっかくなら研究者の国際免許「博士号」を活かして、海外で専門性を高めようと考えていました。そんな折、2021年にNature誌の表紙を飾った派遣先のKai Tittmann研究室の研究を見つけ、オンライン面接の結果、私が研究奨励金を取れば、受け入れてくれることになりました。Tittmann教授は、高分解能X線結晶構造解析と反応速度論解析、さらには共同研究で量子力学/分子力学計算も用いて、酵素の詳細な反応機構を研究しています。研究室には私以外に、シニアポスドク2名、技術補佐員1名、博士学生6名(9名中5名がインド・ネパール・イタリア人)、修士と学部生が数名います。そのためセミナーは英語で行われ、様々な蛋白質の反応機構や、英語での発表技術を学ぶことができました。留学して最も驚いたことは、基本的に平日10-17時までの時間に仕事を終え、毎月1回程度ある大型放射光施設(DESY)を用いたオンラインでのX線回折実験を除き、残業も休日出勤もしないことです。ドイツは無駄な仕事を作らない文化が強く、書類仕事や会議は必要最小限でした。そのお陰で私は研究に集中でき、5つの反応中間体の構造を決定できました(筆頭論文執筆中)。また思いがけず、学生実験や卒論指導を務める機会もあり、帰国後の就職に役立つ教育歴を積むことができました。このような生産性が高い環境には、研究室の同僚と毎日一緒に昼食を楽しむ時間があり、時々ティータイムや誕生日会、研究室旅行もありました。これらの経験を通し、オンとオフの切り替えの重要性を感じました。ゲッティンゲン大学は45名のノーベル賞受賞者を輩出しており、2021年に芥川賞を受賞した「貝に続く場所にて」の舞台ですが、恥ずかしながら私は前述の論文を見つけるまで知りませんでした。ゲッティンゲンは「知を創造する街」を掲げる人口約12万人の学園都市で、つくば市(人口約26万人)に似ています。ゲッティンゲンには魅力的な観光地はありませんが、市街に日本食レストランやアジア系スーパー「Go Asia」があり、人口の約25%がゲッティンゲン大学の学生であるため治安もよいです。このような研究環境は私に合っていたため、2024年4月からもゲッティンゲン大学で博士研究員を続けることにしました。4月からは構造生物学の専門性を活かして、細胞生物学を専門とするRubén Fernández-Busnadiego教授の下で、クライオ電子線トモグラフィーを用いた酵素のin situ構造解析を学ぶ予定です。最後に、ドイツでの研究留学という人生の糧となる貴重な機会をくださった上原記念生命科学財団ならびに関係者の皆様に深く感謝を申し上げます。99石坂 優人Georg August University of Göttingen(北海道大学大学院生命科学院)ゲッティンゲン旧市庁舎の前にある、街のシンボル「ガチョウ娘リーゼル像」ゲッティンゲンでの構造生物学の研究生活

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